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二重らせん

 20世紀の重大な科学的成果って何でしょうね。その人によって意見はまちまちでしょうが、「現代物理学の発展」と「DNAの構造の解明」の二つは外せないと思います。今回は、そのDNAの構造を解明したワトソンの伝記、「二重らせん」についてご紹介します。

駆け出しの二人が

「デオキシリボ核酸の構造」と題された、わずか数ページの論文で生物学に革命を起こしてしまったワトソン-クリック。ちなみに、「ワトソン-クリック」という一人の人物ではなく、「J.D.ワトソン」と「F.クリック」という二人の人物のことです。どうやら、よくセットにされるものだから同一人物と間違えられたことが多かったとか。この二重らせんのモデルの提唱をしたときの二人は、若いかけ出しの研究者。クリックは30代半ばですし、ワトソンに至っては24歳!24歳ですよ。

ワトソンってどんな人?

その弱冠24歳で二重らせんのモデルを提唱したワトソン君はどんな人物だったのでしょうか。この伝記を書いているのが彼なのです。勝手な感想ですが、科学者というよりは、「優秀なプロデューサー」という印象が強いです。もちろん、科学者としてもすごいとは思います。でも実際、その後を追ってみると、科学者というよりはむしろプロデューサーとしての活躍ぶりです。その後はあまりぱっとした論文は出していないようです。しかし、教科書中の教科書といわれる(らしい。研究員Aは読んだことがない)Molecular Biology of the Genesの執筆。分子生物学者のメッカといわれるコールド・スプリング・ハーバー研究所長として後進の育成に専念。そして、このベストセラー「二重らせん」の執筆。

原書のペーパーバック版にはワトソンの写真もいくつか載っています。若い頃の彼は、髪の毛もぼさぼさでかなり「やばめ」な感じを醸し出しています。理系にありがちといえばありがちなんですが。アリーmyラブに出てくるジョン・ケイジ(という変人だけど優秀な弁護士)を彷佛とさせるようなルックス。でも、後年の写真を見ると、タキシードをばりっと着こなす立派な紳士。人って洗練されるものだわ。立場が人を変えるのでしょうか?

そしてクリックは?

一方、クリックはどんな人物だったのでしょうか?先にも書きましたが、二重らせんのその論文を発表するまでの彼は博士号を持っていない30代半ばの研究者。しかも彼の実力はそれほど周りに認められていなかったようです。いつでもどこでもべらべらと自分のアイディアをドラ声で喋りまくる彼。でも、残念ながら当時はその割には結果が伴っていなかったため、「口ばっかりの奴」と思われていた節も。ただ、学内の色々な研究室を渡り歩いては研究の内容に首を突っ込み、おせっかいな(?)アドバイスをして帰るというのが日課だったとのこと。根っからの研究好きです。クリックの場合は、いかにもな「天才科学者」らしい人物だと言えそうです。変人との区別が難しいところもなおさらです。クリックは、二重らせんの成果以後も研究者として様々な成果を収めています。

アンフェアなノーベル賞?

このDNAの構造を解明するためには、「X線回折」という手法でとった写真が欠かせません。ちなみに、レントゲンを撮るときにもX線は使われています。当然のことながら、このDNAのX線写真は誰にでも撮れる代物ではありません。熟練したワザが必要です。ワトソンもクリックもその専門家ではありませんでした。
そして、R.フランクリンという女性研究者がその専門家であったわけです。この「二重らせん」にも登場するのですが、ワトソンの筆にかかるとひどい言われようです。頭がかたい、頭が悪い云々。ワトソン自身もあんまりだと思ったのか、「エピローグ」で彼女の描写に対するフォローを入れていますが。

彼女は、ボスと非常に仲が悪かったらしく、彼女の撮った写真は上司のモーリスに無断でコピーをとられていました。そのコピーをモーリスに見せてもらったワトソン。そのコピーのお陰で二重らせんのモデルを作る確証を得たのでした。彼女の撮った写真には決定的な証拠が示されていたのです。しつこいようですが、このコピーはフランクリンに無断でとったものです。しかも、最終的には彼女は論文にも名前が挙げられている程度(詳しくは後述)。なんだかアンフェアな気がするのですが。でも、先陣争いをするような研究ではこんなことは日常茶飯事なのでしょうか?むむ。

このフランクリンという女性科学者、実際は優秀な研究者だったようです。ただ、彼女の悲劇は当時の女性研究者に対する無理解・差別によるものです。そのせいで、肩ひじはって生きていかなければならなかった彼女。ワトソンの彼女に対する誤解はそこから来たものです。彼女は、二重らせんの発見の2年後、癌でこの世を去っています。健在であれば、彼女もノーベル賞の受賞者候補であったと言われているのですが。。。栄光の影に悲劇の女性あり。

潔い「敗北者」たち

この「二重らせん」を読んでいてとても印象的だったのが、ワトソン-クリックがこの成果をあげたときの周りの研究者達の反応です。どちらかというと、このレースの勝利者である二人はダークホースだったわけです。よっぽど周りの人たちは悔しがるかな、と思いきや、皆さんとてもストレートに賞賛の言葉をかけ、しかもこの発見に対して素直な喜びを表現しています。ワトソン-クリックがライバルとして目標にしていた化学会の巨匠、L.ポーリングも同じ反応です。ポーリングなぞは自分こそが第一発見者になるに違いないと信じていたと思うのですが。それでも潔い態度。
きっと、この二重らせん構造が外観も美しい上に、DNAの複製のメカニズムも示唆しているという文句無しのモデルだから、ということもあるかもしれません。科学的にみて素直に面白がることができる結果ですし。あとは、サイエンティストとしてのプライドもあるかな?

巧妙な表現のオンパレード

そういった背景を知った上で、そのNatureに掲載された論文を読んでみると、実に行間に意味が含まれていることがわかります。短い論文だけあってなおさらです。ちなみに、Natureというのは、イギリスの学術誌です。学術誌というのはれっきとしたランクがあります。「この雑誌に掲載された論文は平均何回他の論文に引用されるか」という数字、Impact factorなるものでその位置付けがされています。科学者はなるべくこのImpact factorが高い雑誌に投稿しようとします。そこの雑誌に却下されたら下のランクの雑誌に、という具合に。そのランクが最高峰の雑誌としては、このNatureとScience(アメリカの雑誌)が挙げられるわけです。

ちょっと話が横路にそれましたが。そのNatureの論文、この背景を知った上で読んでみると、実に多くの意味が行間に含まれていることがわかります。短い論文だけあってなおさらです。例えば、前述の女性研究者フランクリンの結果に対してきちんとした「引用」という形をとっていません。最後に謝辞でお礼を述べてはいるのですが、その言い方がすごい。彼女の実験結果のgeneral natureが役に立ったというのです。general natureって何のこと?要するに、「別に、彼女の結果じゃなくてもわかるような一般的なこと」といいたいのでしょうか?彼女の撮った写真がモデルを作るのに決定的に役に立ったのに、その言い方はひねくれてますよね。フェアじゃないなあ。
これは一例ですが、こんな表現のオンパレードです。この論文をメインに書いたのはどちらか解りませんが、いずれにせよ小狡い、いやもとい頭の切れる人であることは確かです。

言いたい放題

この「二重らせん」、思いっきり著者ワトソンの主観で書かれた文章です。この人に対しても言いたい放題、あの人に対しても言いたい放題。あまりにもあまりなので、他の人の言い分も聞きたくなってしまうくらい。でも、この伝記の面白さはこのお陰なのでしょう。若さゆえの傲慢さと、溢れる熱意を持った駆け出しの研究者の視点で書かれた物語。その彼がどのようにして生物学に革命を起こす発見を成し遂げていったのか。科学の内容なんかわからなくても、歴史を変えた出来事にまつわる人間模様を書いたノンフィクションとして十分楽しめます。お薦めです。

参考:「二重らせん」  J.D.ワトソン著 江上不二夫他訳
「理系のためのサバイバル英語入門」 東大サバイバル英語実行委員会編
"The Double Helix" James D. Watson(著)

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