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寺田寅彦

「天災は忘れた頃にやってくる」という格言を誰もが一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?今回はその名言の作者である寺田寅彦氏の多面的な魅力をご紹介したいと思います。

八面六臂の活躍ぶり

 寺田寅彦(1878~1936)はさまざまな業績を残した物理学者でありながら、随筆の名手としても知られています。あの夏目漱石に才能を見い出され、弟子であったことは有名な話です。夏目漱石の「吾輩は猫である」に登場する水島寒月氏という人物、あれは寺田寅彦がモデルなのです。

「吾輩は猫である」に登場

 「吾輩は猫である」を読んだ方は水島寒月という人物を覚えていらっしゃるでしょうか?苦沙弥先生の旧門下生であり、「学問最高の府を第一に卒業」した「天下の秀才」である理学士。作中では「首くくりの力学」なんていうふざけた講演の練習をしています。そして、ヴァイオリンを弾く好男子とも描かれています。寺田寅彦本人はモデルであることを否定していたようですが、この「水島寒月」像は寺田本人といえるでしょう。「甘いものが好きで歯が弱く、椎茸で前歯が欠けた」というエピソードも寺田寅彦本人のものです。
 作中での寒月氏、ひょうひょうとした人物で研究員A好み!なのですが、寺田寅彦本人もそうだったのでしょうか?

科学者は頭が悪くなくてはダメ?

 寺田寅彦の作品は著作権が切れているので、インターネットの電子図書館「青空文庫」で彼の作品の一部を楽しむことができます。今の時代に生きる我々にとっては嬉しい話ですね。その中の随筆、「科学者とあたま」がお勧めなので読んでみて下さい。
  「科学者は頭がよいと同時に、頭が悪くなければならない。頭が悪くなければできないことはこんなにある。」ということを言っています。「科学」を「人生」に置き換えて読んでも良いかもしれません。ふむふむ。日に何度も「私ってバカ?」ということをやらかす研究員Aにとって励まされる内容です(え、そーいう内容ではない?)。

科学者としての寺田寅彦

 さて、そんな随筆を書く寺田寅彦はどんな科学者だったのでしょうか?彼の「X線による結晶解析の研究」は世界に誇るべき研究結果でありますが、どちらかというと「身の回りの科学に注目する」ことが彼の一貫した研究方針だったといえます。具体的には、「ガラスの割れ目」「金平糖の角の生成」「墨流し」「砂丘の波紋」などです。

 これらの研究は、「役に立たない」「趣味の」「日本的な」という形容詞つきで非難されたようです。しかしながら、今見るとどうでしょう?まさに彼の研究は、現代、カオス・フラクタル、と名付けられて盛んに研究されている先端の分野だといえます。

 さて、ここで先に取り上げた「科学者とあたま」に戻ります。当時、そのような身の回りのものを科学するという姿勢は、ある意味愚直な印象を受けます。当時は「カオス」「フラクタル」という概念がそもそもなかったのですから、いわゆる「あたまの良い人」には「やっても無駄」な研究と判断して、手をつけることはないでしょう。もちろん、寺田寅彦は東京帝大を主席で卒業したという秀才であり、「あたまの良さ」を持った人です。そのあたまの良さと、そんな現象の研究に挑戦してしまうという「朴念仁(彼の言葉を借りると)」ぶりを兼ね備えた寺田は、特筆すべき科学者であったと言えるでしょう。

寺田寅彦とバイオリン

 その寺田寅彦、随筆と俳句の名手であったことは言うまでもありませんが、他にも様々な趣味を持った人でした。絵画(日本画・水彩画・油彩画)の作品も数百点制作し、カメラも趣味だったようです。また、映画に関しては批評文も残しています。
 中でも彼の人生で抜いては語れないものは「音楽」でしょう。なんと言っても、彼の博士論文のテーマは「尺八の音響学」です。上述の「吾輩は猫である」で水島寒月氏がバイオリンを弾くことのモデルになっているくらい彼のバイオリン好きは有名です。寺田寅彦、および水島寒月くんとバイオリンの関わりは、じゅんな♪さんのサイト「Stat rosa」で詳しく描かれています。旧制高校時代など周りに隠れて山の山頂でバイオリンの練習をしていたようです。他にも、チェロ・ピアノ・オルガンなども弾いたようです。

科学はあくまで一手段?

 彼の科学に関する随筆などを読んでいると、実に科学者として謙虚だなと思わせるものが多いです。先に紹介した「科学者とあたま」でも、「科学が人間の知恵のすべてであるもののように考えること」を警告しています。現代では科学が万能でなく、時に諸刃の剣となることは誰でも知るところです。でも、寺田寅彦が生きていた時代は科学万能信仰がまかり通っていたころ。そんな時代に科学を絶対視しなかった寺田寅彦。それは、彼にとって科学は単なる「世の中のしくみを知るための一手段」であり、それは俳句や音楽と同列だと考えていたからでしょう。

 彼の随筆集「柿の種」を読んでいると、謙虚で、周りのもの全てに対して愛情深く、それでいて「朴念仁」な彼の人柄が伝わってきます。今は「効率の良いこと」が優先順位が高くなるギスギスした時代ですが、寺田寅彦のような人物が次世代に増えていったら、日本はステキな国になるんじゃないかな?と研究員Aは思っています。

参考文献:「柿の種」 寺田寅彦著
「吾輩は猫である」 夏目漱石著
参考サイト:Stat rosa
高知県文教協会

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