よもやま話の第一回はアメリカの物理学者、R.P.ファインマン博士についてです。研究員A、この方が大好きなもので。
ファインマン氏は、理系の方ならご存じの方が多いかと思います。エッセイ、「ご冗談でしょう、ファインマンさん」シリーズでもおなじみですし、物理学の教科書、「ファインマン物理学 」でも有名です。量子電磁力学の繰り込み理論の完成で、朝永振一郎博士らと共にノーベル物理学賞を受賞しています。
真冬に大学院の寮の窓を全開にして、コートを着込んで窓の外に鍋を出してぐるぐるかき混ぜるファインマン。「鍋の中でぐるぐるかき混ぜ続けてもゼラチンが固まるか?」調べたかったとのこと。ある時は、「心の中で数を数えるのに、一定の速度で数えられるのは何故か?心臓の鼓動に関係するのか?」と考えて、寮の階段を駆け登ったり降りたりして鼓動を早くして確かめる。きっと、同僚には「またあいつだよ」と鬱陶しがられていたに違いありません。かなりの変人。
とにかく、あくまで真っ正直で素直なんです。どんなに偉くなっても、わからないことは「わからない」と素直に言える潔さ。かっこいい〜。
研究員Aのいた大学では、入学時には大まかな類に分けているだけで、大学3年次に学部・学科を選択するのです。入学時は、全体の8割の人が「理学部物理学科」に進学を希望していると当時いわれていました。今はどうなんだろう?工学部の化学を希望していた研究員Aはそれを聞いて、「どうせ、点数が高いから希望するんじゃないの。偏差値主義で権威主義だわ。ふん」なんて思っていたのですが。物理って乱暴な言い方をすれば、ある意味「自然科学のエッセンスの凝縮」とも言えるんですね。ほんと、ランボーな物言いですが。理系のくせにそんなことも知らなかったなんてはずかしー。
長々と書きましたが、科学を志す人にとっては「科学をやる上で大切なものは何か」を知ることができ、科学に興味がなかった人も「科学って面白いかも」と気付くきっかけになると思います。それに、ファインマンの正直で、素直に反省し、前向きで、好奇心を失わない生き方は、どんな人にも参考になるのではないかな、と研究員Aは期待しています。
ファインマン氏は、理系の方ならご存じの方が多いかと思います。エッセイ、「ご冗談でしょう、ファインマンさん」シリーズでもおなじみですし、物理学の教科書、「ファインマン物理学 」でも有名です。量子電磁力学の繰り込み理論の完成で、朝永振一郎博士らと共にノーベル物理学賞を受賞しています。
ファインマンさんとの出会い
初めにファインマンさんと出会ったのは大学1〜2年の頃。本屋で「ファインマン物理学」の電磁気の巻を手に取ってたのですが、初っぱなからマクスウェル方程式が出てくる異質の教科書に後込みして、買わずじまい。結局、「サルでもわかる電磁気学」みたいな教科書を買って帰ったのでした。次に出会ったのは大学4年の頃。図書館で借りた「ご冗談でしょう、ファインマンさん」に夢中になり、彼のシリーズを次々と読みあさり、しまいには「ファインマン物理学」も5巻全部揃えるという熱中ぶり。そんな理由で教科書買うなんてアホですね。子供が産まれてから、「困ります、ファインマンさん」にあった、父と子のエピソードを思いだし、読み直したらまたまた夢中になってしまいました。飽くなき好奇心
謎を見つけるとどんなことでも解かずにはいられない執念は 、まさに、科学者の中の科学者、と言えると思います。どこかにあった「ご冗談でしょう」の書評で「科学者でもこんな人がいるんだとびっくり」とあったのを読んだ覚えがありますが、彼こそ「ザ・サイエンティスト」と言えるのではないでしょうか。真冬に大学院の寮の窓を全開にして、コートを着込んで窓の外に鍋を出してぐるぐるかき混ぜるファインマン。「鍋の中でぐるぐるかき混ぜ続けてもゼラチンが固まるか?」調べたかったとのこと。ある時は、「心の中で数を数えるのに、一定の速度で数えられるのは何故か?心臓の鼓動に関係するのか?」と考えて、寮の階段を駆け登ったり降りたりして鼓動を早くして確かめる。きっと、同僚には「またあいつだよ」と鬱陶しがられていたに違いありません。かなりの変人。
死ぬまで「いたずら」
いたずらも大好きで、始終、何かしでかしています。 しかも、「そこまでするか?」の入念な下準備も込みで。彼はガンで亡くなったのですが、死の床にあるにもかかわらず、入院中にカルテを盗み見てまでいたずらをするのだからたいしたものです。上の飽くなき好奇心もそうですが、それこそ「少年の心」を持ち続けていた人なんでしょう。権威や見せかけや虚飾が大嫌い
ひょうひょうとしていて天衣無縫な彼は、「権威」といものに囚われません。大先輩の権威ある学者がまちがったことを言っていたら容赦なく反論。でも、だからこそニールス・ボーアも彼に一目置いて、彼の意見を聞きたがったのでしょう。「見せかけ」「虚飾」を見るとそれこそ子供のように怒ります。「同じ馬鹿でも偉ぶった馬鹿ほど鼻持ちならないものはない。・・・自分の馬鹿さ加減を隠すため、偉そうなでたらめを並べたてて人を恐れ入らせようとするようなもったいぶった馬鹿だけは、僕は絶対にがまんできない!」(「ご冗談でしょう」の一文)・・・・ううう、研究員Aもバカのくせに知ったかぶったり偉ぶったりします。気をつけます。とにかく、あくまで真っ正直で素直なんです。どんなに偉くなっても、わからないことは「わからない」と素直に言える潔さ。かっこいい〜。
初恋の人、アイリーン
「困ります」では、初恋の人であり、結核で早逝した愛妻、アイリーンとのエピソードが語られています。学生時代に読んだときよりも、結婚後の今読み返した方が改めて感じ入るところが多かったです。彼女の命があと数年とわかった時、今すぐにでも結婚しようと決意します。「もうすぐ学位(博士号)がとれるの時に学校を辞め」「奨学金も捨て」「彼女が入院できる病院の近くに職を見つけ」ることを計画します。もちろん家族は大反対。科学者として大成することを夢見ていたであろうファインマンが、彼女のためにそこまで決意するとは。イイ男だわあ。二人は結婚するのですが、アイリーンは結婚後2年で亡くなります。超一級の英才教育
ファインマンの父親は、科学者ではなく、洋服のセールスマンだったのですが、彼の存在はファインマンの科学的センスを育てるのに多大な影響を与えています。「何かの名前を本当に知っているということと、何かの意味を本当に知るということの違い」をファインマンに教えようとします。実際に、彼の父親の教える内容はテキトーで、事実とは異なっていることが多いのです。でも、二人で物事を観察しながら「なぜ」「どうして」ということを一生懸命考えるのです。また、百科事典を見ながら知識を仕入れるのだけではなく、ひとつひとつの記述に対して「具体的にはどうなっているか考えてみよう」と立ち止まって楽しむのです。この「具体的に考える」という姿勢はファインマンのその後も一貫した姿勢です。その様子は、「ファインマン物理学」からも伺うことができます。まさに、真の英才教育。モーツァルトにしても然り、ですが、天才の影に一級の教育パパあり。教育者としても一流
彼の著作の「ファインマン物理学」という教科書。それは、彼が教鞭をとったカリフォルニア工科大学での物理学の授業をまとめたものです。研究員Aは遅ればせながら大学4年で、大学院の入試用にこの教科書を使ったのです(大学の1,2年向きの内容なので今更いう話もある)。大げさな感想ではなく、実に感動と興奮を覚えてしまいました。「なんて物理学ってステキなの!」ってね。彼の「具体的に考える」姿勢が一貫して保たれています。例えば力学で調和振動子の式を取り上げたときも、「この項目は何を表し、この項目は何」とあるので、無味乾燥に思える式がぐぐぐっと真に迫ってきます。それに、「森羅万象の現象をこんなシンプルな式に表せるなんて」という面白さも伝えてくれるのです。理系のくせに今まで物理が苦手だった研究員Aが物理の魅力を知るきっかけとなりました。研究員Aのいた大学では、入学時には大まかな類に分けているだけで、大学3年次に学部・学科を選択するのです。入学時は、全体の8割の人が「理学部物理学科」に進学を希望していると当時いわれていました。今はどうなんだろう?工学部の化学を希望していた研究員Aはそれを聞いて、「どうせ、点数が高いから希望するんじゃないの。偏差値主義で権威主義だわ。ふん」なんて思っていたのですが。物理って乱暴な言い方をすれば、ある意味「自然科学のエッセンスの凝縮」とも言えるんですね。ほんと、ランボーな物言いですが。理系のくせにそんなことも知らなかったなんてはずかしー。
長々と書きましたが、科学を志す人にとっては「科学をやる上で大切なものは何か」を知ることができ、科学に興味がなかった人も「科学って面白いかも」と気付くきっかけになると思います。それに、ファインマンの正直で、素直に反省し、前向きで、好奇心を失わない生き方は、どんな人にも参考になるのではないかな、と研究員Aは期待しています。