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分子の「利き手」-光学異性体-

 普段何気なく使っていますが、右手と左手ってよくよく考えると面白い関係です。親指、人さし指、中指・・・と、一見同じ形をしています。でも、右手用の手袋を左手にはめることはできません。右手と左手は似ているようで実は違う形なのです。
 分子にも右手・左手と同じ関係の「似ているけど違う一対の物質」が存在します。形の上ではたったこれだけの違いでも、生物に対してはまったく異なった働きをするのです。今回は、このような一対の物質「光学異性体」についてお話しします。

光学異性体って?

 下の図を見て下さい。これは分子を模式化したものです。丸は分子や原子を表しています。AとBは同じ色の丸で構成されているので、化学式としては同一の分子です。
*光学異性体の関係*

 でも、よーく観察してみると解る通り、二つの構造は決して同じものではありません。片方をぐるぐる回転させても、もう片方に一致させることはできないのです。Aを鏡で映したときに表されるのがBなのです。このような関係の分子のことを「光学異性体」と呼びます。まさに、右手と左手の関係と同じです。以後、このAとBのことを分子の「右利き」「左利き」とわかりやすくするために呼ばせていただきます。
 たったこれだけの違いなのですが、この分子の「利き手」は人間に対してはかなり異なる影響を与えるのです。その例をいくつかご紹介しましょう。

香りが違う

 例えば、リモネンという物質があります。これも光学異性体の存在する物質です。片方はオレンジの香りのする物質です。でも、ペアになるもう一対の構造はレモンの香りがするのです。また、有名なところではカルボン。片方がミントの香りで、もう片方はキャラウェイの香りです。このように、アロマやハーブの世界ではこの分子の利き手が深く関わっているのです。化学式は全く同じ、でも人間の鼻で感じる香りが異なるのは面白いですよね。

片方は薬、片方は毒

 手袋の場合であれば右と左を間違えた場合は、単に手にはめられないだけでたいした問題は起こりません。でも、光学異性体の右と左を間違えると、人体にとって大問題になる場合があります。1960年代に起きた鎮静剤サリドマイドの悲劇。サリドマイドは、右利きの型は鎮静剤として薬になるのですが、左利きの方は妊婦が服用すると胎児に奇形を起こす物質だったのです。

 なぜこのような悲劇が起きてしまったのでしょうか?通常、光学異性体を人工的に合成しようとすると、右利きと左利きが混ざってできてしまうのです。必要な型だけを確実に人工的に合成したい、という科学者の夢を実現したのが名古屋大の野依良治教授。野依教授はこの成果で2001年にノーベル賞を受賞したのです。ちなみに、生物は必要な型だけを選んで合成することができるというのですから、よくできていますよね。

人体に含まれるのはほとんど片方だけ

 そして、人体に必須のアミノ酸や糖。これらも分子の利き手が存在する物質です。驚くべきことに、人体に含まれるアミノ酸は、全て左利きのものなのです。「台所部門」の「ダシの科学」でもご紹介したグルタミン酸。人間が旨味を感じるのは左利きのものであって、右利きはなぜか苦いだけとのこと。

 そして、糖はほとんどが右利きのものが人体に含まれています。糖の場合は、右利きも左利きも甘味を感じることができるのですが、人体に吸収されるのは右利きのみ。この「人体に吸収されない」性質を利用して、左利きの糖が人工甘味料として使われています。

 なぜこのように生物に含まれるのは「片方だけ」なのでしょうか?その謎は未だ解明されていません。この理由がわかったらそれこそノーベル賞級だそう。分子の「右利き」「左利き」。たったこれだけの違いですが生物のフシギさが伺えるのが面白いところですね。

参考サイト Mainichi INTERRACTIVE 科学環境ニュース
こちらは気になる科学探検隊

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